女性向二次創作サイト
星蒼圏 - 保管庫モバイル
「携帯電話。」
不用意に己の情報を他人に渡す男ではなかった。
大学での同級生はおろか、信頼できるはずの捜査本部の面子でさえ、
誰一人彼と直接連絡を取る術を持ち合わせていなかった。
だのに、何故。
この男は、自分にだけは連絡先を躊躇うことなく明かしたのだろうか?
月は、どう考えても不可思議な男の態度に首を傾げる。
まさか、なんと意図もないわけではあるまい。親しさをアピールすることで油断でもさせるつもりか、
それとも他に意味があるのか。
なんにせよ、相手の電話番号を知るために、
こんな、庶民がするようなメルアド交換めいた手段をとるはずもないことは確かだ。
琉河・・・いや、L・・・
何を考えている?
街を歩いていると、携帯電話が鳴った。
誰かと思えば、今となっては別に珍しくもなんともない、琉河早樹からのものだ。
月は溜息をついた。何故なら、彼が連絡を入れるときは決まって、
彼の身に何か面倒が起こっている時だからだ。
「なんだ、琉河」
『ああ、月くん、助かりました。今、どこにいます?』
「は?」
あまりに唐突な琉河のそれに、月は眉を寄せる。
まさか、己にキラ容疑の証拠が挙がったわけでもあるまい。
そもそも、もしそうなら、L自らこんな連絡はいれないだろう。
あくまで、これは私用のものなのだ。
だが、今の彼に、自分の場所など何の意味があるだろう?
「・・・文京区だけど」
『そんな大雑把なことを聞いているわけではありません。どの通りの、どの店の前か聞いてるんです』
「・・・・・・」
なんで、そこまでこの男に教えなければならないのか。
月は、気分を害したように沈黙した。そもそも、琉河―――Lが自分の前に現れたこと自体、
心落ち着かないことだというのに、ましてや大学では一日中彼に張り付かれているのだ。
たまにの空き時間ぐらい、1人になりたいと思うのは当然だろう。
そもそも、一方的に質問を投げつけられるのは気に食わない。
わざと大きく溜息をつくと、月は口を開いた。
「話が見えてこないな。一体何の用だ?」
『・・・・・・』
正当な理由がなければ教える気などない、といった月の態度に、
琉河は沈黙した。何か言えない理由があるのかと思い黙って聞いていると、
普段の琉河とは思えない程の、か細い声。
『実は・・・』
「?」
『・・・はぐれてしまったんですよ』
「は?」
『月くんと』
「・・・・・・・・・・・・」
漸く話が見えてきた月は、ぐらりと頭がふらつくのを感じた。
はぐれた、と琉河はいっているが、月は琉河と共に街を歩いていた覚えはない。
つまりこれは、琉河が自ら自分に張り付き、尾行なぞをしていた、ということに他ならない。
だが、尾行が彼の本職でない以上、
こんな人ごみの街中で距離を置きつつ誰かを追うのは至難だ。
おそらく琉河は、自分の背を見失ってしまったのだろう。
そして、元々土地勘のない彼のこと、道がわからなくなり迷子になってしまったに違いない。
己の身の危険を今更ながら知ったことの悔しさと、
また勝手に後をつけて置きながら、馬鹿みたいに見失ってしまった彼への呆れに、
月はやはり脱力してしまった。
まったく、どうしてこうなるのか。
これでは折角の気晴らしが台無しではないか。
「・・・こないだの運転手でも呼べばいいだろ」
『・・・・・・いや、ダメです。身勝手な行動を取ったことがバレて怒られてしまいます』
・・・誰にだ、という突っ込みにも、
琉河はガンとして譲らない。月は呆れてものも言えなかった。
まさか自分が、彼を探してしかも連れ帰らなければならないのか?
そんなことは御免だ。そもそも、隠れて追ってきた琉河が悪いのだ。
何故、自分がそんなことまで気にしてやれねばならないのか。
『私をここで見捨てれば、月くんはキラ決定ですね。』
何の脈絡もないその言葉。
まったく、意味がわからない。琉河のつまらない挑発に乗るべきか、否か。
だが、こんなもので断定されてはたまったものではない。
月は頭を抱えた。
「・・・なんでだよ」
『このままのたれ死ねばいい、と思ってるということでしょう?私に死ねばいいと思う人なんて、キラ以外居ません』
「・・・・・・・・・・・・・」
・・・なんて。
なんて、我侭なヤツだと思う。
いつか覚えて居ろよ。月は内心で毒づくと、諦めたようにため息を吐いた。
「わかったよ・・・」
『話が早くて助かります。で、どこですか?』
「・・・それより、お前はどこにいるんだ、琉河。お前が探すより、こっちが行った方が断然早い」
『・・・・・そうですね・・・』
琉河は、周囲を見渡した。
人ごみがひどく、ここがどこの通りなのかもさっぱりだ。
だが、とりあえず背後の看板を見、琉河は口を開いた。
『インペリアル、とか書いてますね・・・その店の前にいますが・・・』
「・・・インペリアル」
聞き覚えのあるその名。そういえば、つい先ほど人ごみに紛れて通ってきた場所ではないのか?
月は、今まで歩いていたほうを見やった。
「・・・・・・」
すぐ、目と鼻の先には、
インペリアルと名のある雀荘の看板。
まさか、と思って入り口の見える位置まで走れば、
・・・そこには、相変わらずのくたびれた衣服で、いかにもみすぼらしそうな態度で立ち尽くしている、
琉河早樹。しかも、その表情は普段とは明らかに違いどこか不安に満ちていて。
思わず、笑ってしまった。
しかも、まだ彼は、こちらに気付いていないのだ。
あの、変な持ち方で携帯を持ち、自分の返答を待っている。
こんな光景、なかなかお目にかかれないだろう。
『・・・わかります?』
「ああ。ちょっと遠いから、時間かかるかもしれないけど」
『そうですか・・・』
すぐ傍にいながら、わざとそう言う月。
琉河は、1人でいるからかとても表情豊かだった。いや、それは月がそう見えただけかも知れないが、
落胆したように、表情を俯かせ、そうして、仕方ない、といったようにしゃがみ込む。
その姿はまるで、母親とはぐれてしまった子供のよう。
月は琉河の、あまり見せることのないその幼い態度に、なぜか胸が痛むのを感じた。
こんな状態の彼をこのまま長く放っておくことは、
自分には出来そうにないかもしれない。
『・・・やはり、怖いものですね』
「どうした?」
地面に、しゃがみ込んだまま。
携帯も切ることなく、長く続いた沈黙の中、琉河が口を開いていた。
だが、それはあまりにか細い声で、月にはすぐに理解できず、
問い返すだけに終わる。
『いえ。なんでもありません。ただ、考えていただけです』
「考えていた?」
『そうです。・・・人ごみが、怖いものだと』
人ごみが、怖い。
そう普段の淡々とした調子で告げる琉河に、
『幼い頃から、こうして他人と同調する生活をしてこなかったものですから。人ごみに紛れれば、貴方どころか、自分を見失いそうになる。』
「・・・琉河」
それは、彼の本心の言葉だったろうか?
これもまたひとつの彼の演技で、自分を騙すための手口に過ぎないのか。
流れる人々の中、立ち尽くし、琉河の見えない場所で彼を眺める月は、
だがそれが琉河の本音なのだろう、となんとなく思った。
今の今まで、誰にも顔を出したことがない、という琉河―――否、L。
自分が初めての友達だ、という言葉は、当初はただのでまかせかと思っていた月だが、
もしかしたら強ち間違いではないのかもしれない。
孤独だったのだろう。
そして、それに慣れてしまった。
世界的名探偵"L"として、名声を欲しいままにしてきた琉河ではあるが、
その実はただの孤独な少年なのだ。
それを許される環境にないだけの、ただの―――・・・
「っ」
「琉河。」
背後から抱き締められるようにして腕を回され、琉河は驚いたように後ろを振り向いた。
相手が月と確認して、一瞬見せる安堵した表情。
だが、それと月が分かる前に、普段どおりの琉河を取り戻し、
そうして恥ずかしげに月を引き剥がす。
まさかこんなに直ぐに来てくれるとは思っていなかっただけに、
琉河は不審げに月を見やった。
「・・・早いですね・・・」
すぐ傍にいるくせに、私をからかったんですか、と図星なことを当てられ、
月は誤魔化すようにいいじゃないか、と笑った。
そうして、再び道を歩き始める。今度は、琉河と2人で。
「で、どこに帰ればいいんだ?いつもの本部でいいのか?」
「月くんのお好きなところへどうぞ。私は、ついていくのみですから」
「・・・」
結局、堂々と尾行がしたいだけじゃないか、と顔を歪めた月だが、
琉河は、早速商店街のウィンドウショッピングを初めていた。指を当てて、物欲しげに。
東京の街は、彼にとって珍しいものばかりかもしれない。
気付けば、彼の行きたいままに任せてしまう自分がここにいる。
『ククッ。子守をさせられてる親のようだな、ライト』
ははっ。確かに。
でも、少し違うよ、リューク。
親は、嫌々子守をしているわけじゃない。大切だから、世話を焼くんだ。
「ケーキでも食べていこうか」
「いいですね」
ぱっと明るくなる琉河に、月はやれやれと苦笑したのだった。
end.
[BACK]