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星蒼圏 - 保管庫モバイル


もし、この記憶がなかったなら。
キラではなく、Lでもなく、2人で何かを築けただろうか。
現実には、敵同士。愛し合っていても、頭の片隅から決して抜けることのない、
互いへの不審の感情。
失くしたい、忘れたい、と明確に思ったわけではなかった。
ただ、気づけば、
雨の降る視界の悪い道路へと立ち尽くしていた。

激しい光。耳を劈くようなブレーキ音と共に、
世界が反転する。
視界が真っ暗になった。
そうして、すべてが途切れた。

―――愛シタ者ハ、イッタイ誰ダッタノ?




「Please don't tell me...」





月の煎れて来たカップの氷が、カラリと鳴った。
白い壁と、白いカーテン。どこを見ても真っ白な世界―――病院。
そこに、竜崎はいた。
もちろん、一般人の入れるような俗な場所ではない。
政治家が―――訳アリの政治家が諸々の理由で『入院』するような、そんな場所。
幸い、怪我自体はたいしたことがなかった。
だが、問題は精神的な部分のほうだ、と医者が言っていたのを
月は知っている。
精神的とはいえ、別段、竜崎に変わったところはない。
元々変わったところが多い彼だっただけに、
お菓子を食べ続けるのは相変わらずだし、
頭の回転の速さも、言葉だっていつもどおり。生活するうえでの知識の欠損は、
まぁ、一般より劣るとはいえ、彼自身としてはなにもない。
では、なにが問題なのか。

「・・・貴方になら、いいかもしれません」
「何が?」

ぼんやりと呟く竜崎に、月は彼の髪にゆっくりと触れた。
柔らかなそれに、指を滑らせる。髪を掻きあげてやれば、静かに瞳を閉じる素直な青年。
在り得ない。どこか、間違っていると思う。
月の知っている竜崎は、あのとき死んでしまった。
目の前にいるのは、別のイキモノ。

「抱かれても、イイかなって」
「どうして?」

軽く、こめかみに唇を落とす。
くすぐったそうに、けれど竜崎は嫌がることなく、
それどころかゆっくりと瞳を落とした。
噛み締めるように。

「・・・あなたは、とても優しいから」

唇に、触れる。指先の腹で、ゆっくりとなぞっていく。
まだ、唇は重ねていなかった。
身体の弱った竜崎を気遣って、ではない。
できなかったのだ。
自分を見ているようで、自分を見ていない竜崎が、苦しくて。

「それは、嬉しいね」

優しい?どこが?
月は心の中で自嘲しては、苦く笑う。
自分は、人殺しだ。
どんな建前があれど、直接手を下さなくとも、罪深い咎人。
それどころか、優しいと言っていた当人を、何度殺そうと思ったことか。
月は、見えないところで唇を噛み締めた。
そう、何度も何度も。
ノートを手放し、所有権を手放し、そうしてまで竜崎を殺す機会を作ろうとした自分。
晴れて記憶を取り戻し、いつでもノートに名前を書ける状況になって、
そんな矢先、この事故は起きた。
なぜ、あんな土砂降りの日、普段外にでることなどない竜崎が、
あれほど危険な場所にいたのか、
それは結局、誰にもわからずじまいだった。
なぜか?
その理由は、
本人すら、当時の記憶がすっかり飛んでしまっているからだ。

「・・・―――怖い?」
「・・・いいえ」

小さく首を振って、目を伏せる。
頬に兆す、朱。夜神月は目を紬める。在り得ない。こんな事。
自分か知っている竜崎は、
素直でなくて、抵抗ばかりで、
視線は常に探るような色。当たり前だ。
純粋に、愛し合った仲などではない。
竜崎が近づいてきたのは、自分のことを探るため。
それだけだ。
決して、好意からではない。
ましてや、愛など。
あるわけがない。あるはずがない。
そうしてそれは、自分だとて同じことのはずだ。

「・・・好き、だったんですよね?」
「ん?」
「貴方のこと。」

「私。・・・私たちは、とても愛し合っていたと―――、聞きました」
「ああ、そうだよ。僕たちは、いつも傍にいて、そして」

互いを睨み、牽制し合っていた。
腹の探り合いは、日常茶飯事。何気ないやり取りでも、セックスの時ですら、
油断すれば、隙を突かれる。
それは、Lにとっても、キラにとっても、負けに等しかった。

「・・・そして?」

小首を傾げる竜崎に、軽く目を細めて。
頬を辿り、口角にキス。抵抗はなかった。ついに触れ合う、柔らかな肉。
甘い。相変わらず、竜崎の唇は甘すぎる。
目が眩むようだった。

「・・・竜崎・・・」
「・・・・・・すみません」
「え?」

唐突な台詞に戸惑う月は、
唇を離し、竜崎を覗き込んだ。うつむき加減の視線を、あげさせる。
と、腕が伸びてきて、首に絡められる。
しがみついた竜崎の腕は、
少しだけ、震えていた。

「どうした、竜崎?」
「・・・辛いでしょう?愛していた相手に、自分を忘れられるなんて・・・」

辛いものか。むしろ、有り難いとすら思っている。
己が世界一の名探偵であることすら忘れてしまった竜崎は、
もはや夜神月がキラだと疑うことはなかった。
そして、今。
思い出す前に、刷り込んだ。
自分こそが、竜崎の愛していた存在だったのだと。
何の蟠りもない、純然たる恋人同士だったのだと、
月は竜崎に伝えた。
実感がなくとも、今の竜崎にはそれを否定する術はない。
すべて、忘れてしまったのだ。
己の名、立場、敵であったはずの男の名、どこで、何をしていたのか。
だから、月は。
この空白に漬け込んだ。
対策本部の皆と話し合って、
竜崎が回復するまでは、彼の立場について言及しないこと。
回復するまでに記憶が戻らないようであれば、
それはその時考えることにする。
そう、決めたのだ。

もう、なんの不安要素もない。
竜崎は自分の手の内だ。この先たとえ記憶が戻ろうと、
キラの脅威にはなり得ないだろう。
だからこそ、気兼ねなく愛せるようになったのだと、
もちろん竜崎にはわからない。
だが、それでいい。

「―――確かに、竜崎の記憶から僕がいなくなってしまったのは、悲しいよ。でも、今の竜崎だって、一生懸命僕を受け入れようとしてくれているだろう?それだけで、十分だよ」
「・・・っら、イトく・・・」

口付ける。柔らかな髪に指を差し入れて、
頭を抱えて。
竜崎は一瞬脅えたように目を見開いたが、すぐに身体の力を抜き、
月の腕に身を預けた。

「震えてる。」
「・・・そんなこと、ないです」

そういいつつも、緊張のためか冷え切った指先を、
絡ませる。
まるで処女を扱うように丁寧にベッドに横たわらせ、月は微笑んだ。

「気遣わなくていいよ。力抜いてくれてればいいから」
「・・・・・・はい」

シャツを、ゆっくりと脱がせた。
忘れてしまったとはいえ、その身体は男との関係を色濃く残していて、
月は少しだけ安心する。刻まれた、己の面影。
肩口に紅を落としたのは自分。
胸元の心臓の上には、いつか殺してやると誓ったその証。
やはり、"コレ"は己の愛した竜崎なのだ。
もう一度同じ場所に、刻み込んだ。
更に、深く所有印を刻んだ。

「んっ・・・、ぁ・・・」
「感じる?」

胸元の飾りを強く吸い上げれば、
濃く色づく竜崎のそれ。
慣れ切ったはずの2人だが、今の竜崎には記憶がない。例え相手が月であろうと、
嫌が応にも緊張してしまう。
けれど、それでも竜崎は、月を気遣って極力自然に振舞うよう、
努めていた。
男の首に回した腕に、力が篭った。

「・・・・・・ん、っ・・・気持ち、いい、です・・・」

頬を赤らめながら、必死に言葉を紡ぐ、竜崎の唇。
不意に、なんとも言えない感情が胸に痞えて、文字通り言葉が出なくなった。
あえて表現するならば、罪悪感。
目の前の従順な男に対する、後ろめたさだ。
あれほど意地を張っては、抵抗ばかりしていたハズの彼。
それが見たくて、わざと羞恥を煽る言葉を紡いだのに、
そんな言葉にすら素直に応じるなんて。信じられない。何かの間違いだ。
かつて、強制してもギリギリまで口にすることなどなかった竜崎は、
今なら簡単に"あの言葉"を言ってくれそうだ。

「っあ、ライ・・・」
「隠すなよ。僕を受け入れる、って言ってくれただろ?」
「っそ、そうですけど・・・」

下肢を覆う衣服に手をかける。一瞬の攻防。背を抱くようにして、
竜崎の身体を持ち上げた。
不安定な重心。両腕で支えていないとどこか不安で。
結局、月の手を阻んでいたはずの竜崎の腕は、
その一瞬の間に月の侵入を許してしまっていた。眉を潜める。布1枚隔てて、
もどかしい刺激。身体の中心に、熱が集まってくる。
見られるのには勇気がいるが、
このままもどかしさを与えられるのもキツイ。
横腹のくびれの部分に口付けられ、強く吸いつかれて、
竜崎は思わず、といった風に声を上げさせられていた。

「・・・月、く・・・、もっ・・・」

もう既に、耐えられないと身を捩る竜崎は本当に素直で、
かつての彼とは同一人物とは思えない。
同一人物?
いや、違う。
これは、別人だ。
あれほど執着していた自分のことも忘れた。キラを追うことすら忘れている。
月は竜崎から見えない場所で、唇を噛み締めた。
この青年は、『L』じゃない。
あれほど自分が憎み、敵対し、そして執着した者じゃない。
そして何より。
そうでも思わなければ、
辛い。

「・・・っラ、イト、くん?」
「・・・・・・ああ。」

それでも、己の身体が竜崎を求めているのは事実で、
全てを奪ってしまいたいと思う。
もう、彼のほとんどを自分が奪ってしまったも同然だというのに、
まだ、足りない。
月の身体が、自身の脳裏に飢えているのだと訴える。
頭では、こんな竜崎に抵抗を覚えている。
この矛盾はなんなのだろう?
相反する感情。
馬鹿なことだと思う。冷静に考えれば、素晴らしいことなのに。
本当に、馬鹿げている。
こんな感情、知られたくなどない。
知られてはならない。
そう、このまま、キラが新世界の神となるためには、
彼には、絶対に気づかれてはならないのだ。

「愛してるよ、竜崎・・・」

だから月は。

再び、偽りの真実を口にする。
かつて同じ言葉を竜崎の耳元に囁いた時、
それは竜崎を騙し落とす為の口実だと思っていた。
何度か繰り返すうちに、自然とその言葉を口にしていたことに気づいて、
それでも、嘘をついているのだと信じていた。
最大の敵を、愛せるはずもないのだから。
そして今。
今度こそ、何の制約もなく、彼を愛せる環境におかれて、
初めて気づく。
今の言葉は、本物の、ニセモノ。

「っあ、わ、私も・・・」

かれの言葉にすら、息を呑む。
私も?なんだというのだ。
あれほど、強制してもなかなか言ってくれなかったくせに。
今頃になって、記憶を全て飛ばした後になって、
どうしてそんな言葉が言える?

「アイ、して、」
「竜崎。・・・無理に言わなくても、いいんだ」

頭を抱えるようにして、抱き締める。
記憶、戻ってないんだろう?
記憶のない人間にまで、無理に言わせるつもりはない。第一、竜崎ならそんなこと、言わない。
無理にでも合わそうとしてくれるキミの気持ちは有り難いケド、
いいよ。もう、十分。
僕の腕から逃げ出そうとしないだけで、十分、

「っ・・・。すい、ません」
「いや、謝らなくてもいいけど」

口元に手を当てて顔を伏せる。
いいよ、気にしなくて。別に、大して気分を害したわけでもない。
キスをしてやると、首にしがみつく腕がより一層強さを増す。
そうして、肩口に顔を埋めて。
もしかして、震えてる?
正直、扱いに困ってしまう。以前の竜崎とは正反対だから、尚更。

「・・・・・・でも、言いたい、んです」
「・・・竜崎?」

一体、何を言おうとしているのか、
月にはわからない。わかるはずもない。
表面には出さなくとも、こんなに従順で素直な竜崎の前で戸惑うばかりで、
正直、手に負えない。
相手の気持ちなど、理解できるほどの余裕もなかった。

「・・・なんとなく、わかるんです」
「なにが?」
「以前の私が、貴方をどれほど好きで、愛していたか」
「・・・・・・」

違う。それは、なにかの間違いだ。
嘘だよ。愛し合っていたなんて、全くの嘘だ。ただの出任せ。
自分の保身のために、そう言うのが都合よかっただけだ。
竜崎は、僕を愛してなどいなかった。
これは、紛れもない、事実。

「だって、月君が触れるたびに、信じられないほど感じている自分がいるんです。―――怖いくらいに」

確かに、竜崎の身体はひどく敏感で、
それは、別に今特別に、というわけでもない。
事実、明らかに不審人物である自分にさえ、結局身体を開いていたのだ、
相手が誰であろうと、大して変わらないのだろう。
あの薄い皮膚に己を刻み付ける瞬間の、
甘い啼き声を月はよく覚えている。
同じからだをもつかれならば、錯覚してもおかしくはないだろう。
だが、事実、それは錯覚なのだ。
月は顔を伏せた。
取り繕うことが出来ない自分がそこにいた。


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