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星蒼圏 - 保管庫モバイル
「祈望。」
嫌な予感はしていた。
自分を守る為にMWを吸ってしまった彼が、
この15年、どれだけ苦しみを負ってきたかわからない。
けれど、今の医療技術では、その後遺症を抑えることもできず、
1年、2年と時が過ぎるにつれ、精神を破綻させていった彼が
犯した罪を悔い改めさせることもできず、
ただ自分は祈ることしか出来なかった。
こうして寄り添うことしか出来ない自分が、情けなかった。
「・・・賀来」
掠れた声が自分の名を呼び、賀来は横たわる男を見やった。
突然の発作で倒れた彼は、未だに顔色が悪い。相変わらず、彼が自分と同じようにあの15年前の悪夢にうなされているのだと知る。
だが、自分のように、夢に見るだけならまだいい。
彼は、・・・MWを吸ってしまった彼は、
こうしてまともな一生を送ることが出来ないほどに、憔悴し、命を削られている。
それがどうしようもなく、辛い。
胸元に滲む汗を、濡れたタオルで拭ってやった。
結城は、虚ろな瞳で外を見ている。
「・・・俺達、悪夢を見ない日が来るのかな」
ぽつりと漏れる、本音。
それは、賀来にとっては勿論、結城にとっても最大の願いのはずだ。
結城は、その言葉に少しだけ顔を向け、そうして唇を歪めた。
ゆっくりと、腕が伸びる。
薄い唇が、吐息のような言葉を紡ぐ。
「俺が、そうしてやるよ」
肩に置かれた掌に、賀来はそうじゃない、と小さく首を振った。
細い腕を、握りしめる。
そうじゃない。
賀来は壊れたような色合いを見せる瞳を見つめながら、彼を諭すように掌に力を込めた。
復讐などしたところで、15年前の悪夢をすべて忘れられるはずがない。
どんなに、島の事実を隠匿してきた人間たちを殺しても、
過去は変えられない。
MWを隠蔽した事実を世間に知らしめることも出来なければ、
それを政府に認めさせることすら出来ない。
そんなことを考えるよりも、
賀来は、残された自分たちが、1日でも長く心穏やかな時間を過ごせることを願った。
もう、復讐や恨みなどに心惑わされることなく、
ただ、2人だけで、静かに生きていければと。
「・・・俺は、お前がいれば、それでいいんだ」
だから、もう、やめろ、と言外に告げた言葉は、けれど結城には伝わらない。
心をMWという闇に食われてしまった結城は、変わってしまった。
何を今更、と鼻で笑ってみせる結城に、
賀来はまた己の力不足を呪った。
彼を、諭す言葉が出てこない。
彼を襲った苦しみの前には、主のどんな救いの言葉であろうと、意味がないのだと、
賀来もまた、心のそこでわかっていたから。
それでもなお、彼には、殺人など犯罪に手を染めて欲しくないと思っている。
無茶をして、更に悪化する身体も心配だったし、
そして何より、殺人を繰り返すことで、更に心を失っていく彼が、辛かったから。
そんな賀来の心に何を思ったのか、
結城は無表情のまま、賀来に告げた。
「・・・明日、山下を拉致する」
「!・・・どうして」
もう、やめろと、瞳で訴える。
山下は、彼が所属する銀行の支店長。そうして、あの島の隠蔽にかかわった者。
結城があの銀行に就職したのも、山下をターゲットにしていたからであると賀来は知っている。
けれど、漸く辿りつけたなどと、一緒に喜べるはずもない。
駄目だ、やめろ、と首を振る賀来に、
けれど結城はそんな賀来を意に介さず、もう片方の腕も、男に伸ばした。
両手を、首に絡ませる。
うす笑いを浮かべる結城の表情は、まるで悪魔のようだ。
「・・・今日は、抱いてくれないのか」
「な、にを・・・」
ゆっくりと首に回された腕に力が篭り、距離が縮む。
触れ合うほどの近くまで賀来を引き寄せ、結城はキスを迫る。うっすらと開かれた赤いそれに、惑わされる。
けれど、賀来は首を振って、見るまいと瞳を閉じた。
こんな、本調子でない彼を捕まえて。
そんな事、できるはずもない。
賀来にとって、結城は何者にも代えがたい存在であり、一番大切な存在だ。
聖職にある自分が、こんな穢らわしい想いを抱いてしまうこと自体、罪の意識を感じたが、
それ以上に彼への想いは強かった。
どうしようもなく、惹かれる。
こんな、犯罪を重ねて黒く染まる男に。自分でも戸惑うくらいに、彼に魅せられている。
なぜなら、彼が哀れで仕方がなかったから。
自分のせいでMWに冒されてしまった、という罪悪感、
そうして、それ以上に、彼が苦しみ続けた原因の彼らを恨む気持ちも、痛いほどよくわかっていたから。
「だめだ・・・結城。お前、身体が・・・」
「なぁに、どうせ、長くない身体だ。欲しいんだよ、神父さん」
溜まってンだよ、と囁かれ、自ら唇を重ねられる。
賀来は眉根を寄せた。どうしようもない。身体だけでなく、心にまで結城の腕が絡みつく。
囚われる。赤い舌で誘うように唇を舐められて、賀来の理性ががらりと崩れた。
彼の背をかき抱くようにして、意志をもって唇を重ねる。
ニヤリと笑みを浮かべる結城は、だらりと両腕から力を抜き、男に身を任せる。
折れそうな程の身体を抱きしめて、賀来は心で涙を流していた。
こんなに大切で、守りたい存在なのに。
傍にいてやりたい。彼に寄り添って、ずっと、ずっと。
ただ、助け合って、残された時間を噛み締めるように過ごせないのかと、何度思ったことか。
けれど、もう、戻れない。
心を失った美しきモンスターは、ただ冷酷に殺人を繰り返し、
そうして血に染まった掌で自分すら惑わすのだ。
どうすればいい?
どうすれば、こんな狂った関係を止められる?
「結城。俺は・・・」
唇を離し、賀来は震える唇を開いた。
けれど、言葉を紡ぐその前に、結城の絡みつく腕を止められなかった。
首筋に寄せられるキス。舐めるように舌でその部分を舐められれば、
ぞくり、とした衝動が身体の芯を走る。
無機質な部屋の温度が、少しだけあがる瞬間。
たまらなくなって、賀来は結城の首筋に吸い付き、そうして震える指先で胸のボタンを外した。
再び腕が延ばされ、頭を抱えられる。
「・・・お前は、俺を裏切らない」
「っ・・・」
離さない、と囁かれ、完全に悪魔に囚われた己を意識する。
辛うじて理性を保っていたはずの賀来は、己の欲望を意識した途端、止まらなくなった。
目の前に現われた白い肌が、どうしようもなく胸を掻きたてる。
唇を首筋から胸元へ、濡れた筋を作るように下していくと、
結城の口許からは甘い吐息が漏れる。
止まらない。
何度も、彼の細腰を撫でた。ふと、布越しに触れた彼のそれに、
同性を意識した。
・・・眠りに落ちた結城の痩せこけた頬を、
賀来はゆっくりと指先でなぞった。
自分から誘ったくせに、1度や2度達しただけで簡単に意識を手放してしまった彼は、
やはり、相当に体力を消耗しているのだろう。
自分が脱がせてしまった衣服の代わりに毛布をかけてやりながら、
賀来は床に落としていた己のシャツを拾い、腕を通した。
―――お前は、絶対に裏切らない
そう言われて、けれど賀来の心は揺れていた。
もう、終わりにしたい。それは、切実な願いだった。
だが、愛する男は既に手を真っ赤に染めて、更にこのまま足を洗う気はないのだ。
これ以上、彼が罪を犯すのを黙って見ていることも、開き直ってそれに手を貸し、己の手を染めることも、
彼を完全に切り捨てることもできない自分が、
彼を止める方法は、ただ一つ。
賀来は、無言で結城の眠るソファを離れ、室内に備え付けの引き出しを開けた。
中に並べられていたのは、結城が揃えた暗殺用のナイフ。
その中の1つを手に取り、柄の部分をぎゅ、と握りしめる。
いっそ、この手を殺してしまえばいい。
彼の罪を知りながら、見て見ぬ振りをしてしまったのは、ほかならぬ自分。
彼を止めるのは、自分の使命なのだ。
そうだ、共に死ねばいい。
どうせ彼に手助けをしてしまった自分は共犯者なのだ。
それに、彼を失っては生きる意味もない。
結城に気づかれぬよう、賀来はそっとソファに近づいた。
ゆっくりと、手にしたナイフを掲げる。自分でも驚く程に、握る手が震えた。
罪を犯すことへの恐怖、彼を苦しめてしまうことへの恐怖。そしてその両方を凌駕する、使命感。
殺さなければならない。
殺さなければ、どんなに自分が止めようとも、彼は必ず、誰かを殺す。
そうして、その次はまた誰かを。
だが、本当に方法はないのだろうか!?
彼を殺す以外の方法。
失いたくない。自分はただ、彼と共にいたかっただけなのに―――。
賀来は、諦めたように手を下ろした。
殺せるはずがなかった。どれほど愛したかわからない彼を、どうして自分が殺せるだろう?
今、彼を殺すくらいなら、自分の胸をナイフで突き刺したほうがマシだ。
だが、それでは、何も変わらない。何も変えられない。
足音を立てぬように電話機の元へと歩いた賀来は、受話器を取った。
それは、覚悟。
今まで、見て見ぬふりをしてきた。
神父として、罪人の罪を告げ口することは間違っていると思ってきた。
だが、もう逃げていては駄目なのだ。
洗いざらい、告白する。
結城の罪も、自分の罪も、かつてのことも全て告白して、それから後のことは考えればいい。
この胸の内にしまい込んで苦しむよりは、よほどマシだと思った。
けれど。
「裏切り者」
普段の、自分に対する彼らしからぬ冷たい声音に、息を呑む。
自分の、正義に従ったその行為は、結城には共犯者の裏切りにしか見えなかった。
当たり前だろう。気付かれていたことに、賀来は愕然とする。
彼を裏切った報いは、1人の人間の無残な死。
べっとりと血糊のついた唇を、噛み締める。胸が苦しい。
人1人を殺してしまっただけでも、これほどに胸が痛くて苦しくてどうしようもないのに、
結城は嗤う。これであんたも共犯だな、と。
―――勝てない。
己の愚かさを呪った。
止めることなど出来ない。彼を殺さないで更生できるなど、
考えるほうが馬鹿だったというのに。
自分は手を汚すのを恐れ、彼を失うのを恐れ、結果、また1人失ってしまった。
どうしようもない罪の意識に苛まされる賀来に、
結城は楽しげに耳元で嘯くのだった。
「あんたが協力してくれれば、もう殺しはしない」
end.
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