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「狂気。」





そこは、誰もいない世界だった。
真っ暗で、なにもない。そうだ、自分はMWを手に入れ、そうして世界中にばら撒いた。
だから、誰もいないのは当然。ハハ、やった。やったよ賀来。
目的は漸く果たされた。
俺とあんたの夢は叶ったんだ。
あの島で地獄を見た俺達は、漸く悲願を果たしたんだ。
さぁ、二人でこの喜びを分かち合おうじゃないか。
どこにいる?賀来。

顔を上げると、ひどく遠くに男の姿を見つけた。
喜んで、駆け寄ろうとした。
だが、彼は首を振り、そうして背を向けた。何故?どうして?
どんどんと見えない方向へ消えていく賀来に、結城は必死に手を伸ばし、叫んだ。
待て、待ってよ、賀来!
けれど、彼の背中は止まらない。
それどころか、こちらの息があがり、途端に心臓が苦しくなった。
痛い。苦しい。
いつもそうだ。MWの、後遺症。
どんなに復讐を果たしても、全世界の人間を死に追いやろうと、
己の身体を蝕む病は止まらない。誰か、助けて。
自分が、自分でなくなっていくような。
壊れて、バラバラになってしまうような恐怖。助けて。助けてよ、賀来!
俺を置いていくな!
賀来!・・・賀来・・・っ・・・!





「・・・らぃっ!!」

がばっ、とベッドから起き上がった結城は、
あの恐怖の世界が夢だと知り、漸く安堵したように肩で息を吐いた。
何かを求めるように伸ばしていたらしい己の腕を信じられないように見つめて、
微かに頭痛のする額を抑える。
べっとりと濡れた汗。脂汗だ。額だけでなく、全身にいつも以上にぐっしょりと汗をかいているのに気づいて、
結城は嫌悪するように唇を噛み、ばさりとベッドから降りた。
向かった先はシャワー室。
頭から冷たい水を被りながら、愚かしい自分の醜態を忘れようと髪を掻き上げる。

幸い、今日は部屋で、1人寝の夜だった。
誰も、あの情けない寝言は聞いていないのが救いだ。
例え夢の中でも、あの男を求めて名前を呼んでしまうなど、
自分でも反吐が出そうだ。
思い出すだけで、吐き気がする。

今日は、嫌でも賀来と会わなければならない日だった。
神父として孤児院と教会を切り盛りしている賀来は、
無論まともな収入はないし、信者たちの好意でギリギリの生活を間に合わせている。
そんな賀来を見かねて、結城は少しばかり寄付をしてやっているのだが、
足繁く通ううち、孤児たちにはお兄ちゃんと慕われる羽目になっていた。
面倒臭いとは思うが、
神父である賀来と密な関係である以上どうしようもない。
まぁ、利用価値がないわけでもないしなと、
相変わらず結城は表の顔で“いいお兄ちゃん”を演じている。
今回特に、訪問をせがまれたのは子供たちからだったから、
結城は深くため息をついて、
かけておいたバスタオルを取った。

鏡に映る自分の顔は、普段より情けない顔をしている。
いつもそうだ、悪夢、特に賀来の出てくるような夢を見てしまった朝は、
いつだって虚ろな瞳を隠せない。
鏡の中の自分を、殴ってみたりする。
こんな、自分らしからぬ表情を、結城は毎回嫌悪しているのだが、
あの夢の事を考えるだけで沈みそうになる自分の心が、
結城には理解できなかった。














「・・・相変わらず、ガキ共は五月蠅いな」

相変わらずの結城の口の悪さに、賀来は顔を顰めた。
傍に子供たちはいない。
遊び疲れて昼寝をしていたり、まだ遊び足りない子たちは庭で走りまわっている。
今、賀来と結城がいる部屋は、子供たちの遊び場ではないし、
庭には美香がいる。
よほどのことがなければ、わざわざ賀来たちのところには来ないだろう。

「皆、まだ遊び盛りだからな。お前も、満更でもなかったじゃないか」

賀来の言葉に、まさか、と結城は鼻を鳴らした。
午前中、教会に顔を出した結城に、
子供たちはわっと駆け寄り、長身な彼におんぶを強請ったり遊びをねだったりと
大変なにぎわいだったのだ。
勿論、さすがの結城も、何も知らない子供たちを無碍に扱うことはしなかったため、
今のところ、神父様のお友達は優しいお兄ちゃん、で通っている。

「冗談。いい加減、イイ顔ぶってんのも疲れてきたよ。
 1人くらい、減らしてやってもいいかな」
「結城。どうした」

いくら影では冷酷な殺人鬼と化しているこの男でも、
むやみやたらに他者に当たることはない。ましてや、相手は子供だ。
直接的な殺意を向ける対象のはずがないのだが、
どうも今日の彼は、機嫌が悪いようだ。
賀来は、フン、とそっぽを向く結城の瞳をじっと見つめた。

「・・・・・・あんたの顔見てるだけで、ムカつく」
「悪かったな」
「・・・やっぱ来なきゃよかったよ。もう帰る」
「結城、」

ガタン、と椅子を引いて扉へ向かおうとする結城を、
賀来は咄嗟に腕を掴んで引き留めた。
なんだよっ、と、乱暴に振り払おうとする細い体を、逆に背中から抱き締めるようにすれば、
っ、と息を詰めて、けれどじたばたと暴れようとはしなかった。
沈黙。
まるで時間が止まったかのように、
長い長い間、二人はそのままの体勢から動かない。
気が遠くなる程の時間を、互いの温もりを感じながら過ごした後、
沈黙を破ったのは、賀来のほうだった。

「・・・嫌な夢でも、見たのか」
「別に」

耳元で囁かれる小さな声が嫌で、結城は顔を背けた。
じわりと、彼の優しさが身体に染み込んでいく。感情など全て失ってしまったはずの自分の心に、
戸惑うほどの彼の心。嫌だ、と思う。
どうしていいか、わからなくなる。
こうして抱きしめられると、普段の強気なはずの自分が消えてなくなり、
吐き気すら覚えるほどの情けない自分が男の前に晒け出されてしまうようで、
嫌だった。

「嘘をつくな。そんな瞳をして、俺の元へ来たくせに」
「っ・・・」

身体を反転させられて、賀来の指先が結城の目尻を撫でる。
結城は首を振ったが、彼の腕からは逃れられない。
バレてしまった。いや、本当はわかっていた。
どうせ、賀来には見抜かれてしまうだろう、と。
それくらい、今日の自分は情けないと自覚している。
だから、こんな所に足など運びたくなかった。
だって、なぜなら、

「・・・・・・キスをしても?」
「・・・あんた、神父だろ・・・・・・」

まったく、呆れてものも言えない。
同性愛は、カトリックではキツく戒められていることではなかったか。
だからこそ、普段ならば、そんなカタブツな彼を誘惑し、
堕落の道に落とすのが楽しいと思っていた。
だが、こうしてあちらから堕りて来られると、正直、困る。

「変態神父」
「ああ」
「堕落神父」
「そうだな。」
「淫乱神父」
「まったくだ。」

表情も変えず、賀来は結城の肩口に顔を埋めながら、そう告げる。
結城も、そろそろ悟った。
今回は、何をしても賀来は自分を手放してはくれないだろう。

「っ・・・好きにしろよ・・・」

瞳を閉じる。
途端、重ねられる唇。
彼からのキスは、いつも、まず確かめるように優しく触れて、ゆっくりと唇をなぞり、
そうして丁寧に舌を絡ませてくる。
貪るような激しさではない分、羞恥心を煽られる。
けれど、負けるわけにはいかない。
彼は、自分のモノ。
意志をもって、誘惑する。そう、欲しいんだ、あんたが。
細い腕を伸ばして、彼の首に絡みつく。
離さない。
絶対に。
あんたは、俺だけのもの。
離れるなんて、許さない。俺を捨てたら、殺してやる。
殺してやる!

狂気の胸の内のまま、
結城は賀来の喉元に爪を立てた。
つぷり、と小さく朱線が走る。けれど、それが限界。
どろりとした快楽に溺れる自分に、
結城は自嘲気味に嗤った。





end.
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