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「その言葉の裏と表に惑い狂う。」
『・・・不逆と生還を約束すると―――契約します』
耳に残る、かれの声音。
少しも、心に響かなかった。自分にとって全く意味のないことで、
むしろ理解できないと思った。理解したくないとも。
だというのに、今頃になって、
脳裏にあの響きが浮かんでしまうのは、自分の心がおかしいだけなのか。
六条壬晴は、一人、暗い夜道を歩きながら、
ぼんやりと考えていた。
雲平帷が姿を消して、既に1ヶ月が経とうとしている。
彼の持つ、最後の禁術書―――『円月輪』を手に入れるべく、
当然、灰狼衆は彼を必死になって探している。
帷と面識はあっても、なんの手がかりももたない自分よりはよほど、
先に彼を探し当てるだろう。
自分は、ただ待っているだけでいい。
待っていれば、目的のモノが手に入るのだから。
そう思いつつ、足が動いていた。
今は、雲平・帷・デュランダルの私宅からの帰り道。
彼の同居人である英すらいなかった。
そこはただの抜け殻で、かつての眩しい程だった面影はない。
もちろん、彼女が帰ってくれば、
それなりの明るさにはなるのだろうが、
それでもどこか、寂しい気がした。
ついこの間までは当然のように居た存在が、
今は居ない。
もちろん、傍にいたわけではなかった。
そもそも、かれの元を離れたのは、すべて自分の意志で、
それでも帰ってくる場所は此処なのだと心の奥では理解していた。
戻ってくれば、必ず其処に在るモノだと信じていた。
それが、ないのだから。
「生還と、不逆―――・・・]
気のない声で、ただ呟く。
暗い夜道、微かな電灯の明りを頼りに歩けば、
時折吹く風が頬に冷たさを残していく。
ザザ、と木枯らしの舞う音。
微かな気配。空虚だった世界で、ふと感じた暖かさ。
壬晴は立ち止まった。
目を閉じる。
その代わり、耳を澄ました。
いつもは彼に対して耳を塞いでばかりの少年が、
耳を。
沈黙が、長く長く続いた。
「・・・・・・元気か?六条」
「・・・・・・・・・まぁまぁ。そっちは?」
何から切り出せばいいかわからない、と言ったような沈黙のあと、
少し低めの声音が紡ぎだしたのは至って当たり障りのない初歩的な挨拶で、
壬晴は小さく笑った。
もちろん、声には出さない。
いたって無関心を装うのは、少年の得意技。
だから、そっちは、と聞き返したのは、彼が心配だったからではなく、
ただの社交辞令。
不意に現れた影は、
そんな普段と変わらない壬晴の様子に満足したのか、
彼の問いには応えず、ただ「そうか、よかった。」とだけ返した。
そうして、再び沈黙が続く。
少し肌寒い夜、あまり視界のよくないそこに、現れた影。
誰かなんて、考えなくともわかる。
名前を呼ぼうとして、壬晴は唇だけ震わせた。
言ってはいけない。呼べば、現実になる。
あれほど探していた雲平帷が、きっと目を凝らせば捕らえられる位置にいる。
それは、あってはならない事。
なぜならば、彼は
「消えたんじゃ、なかったの」
「・・・・・・」
影は、応えない。
きっと、何も応えられないだろう、と少年は思っていた。
禁術書を守るために、姿を消した帷。
そんな彼が、今は敵方であるはずの六条壬晴に接触するなど、危険極まる事だ。
だというのに、こんな形で言葉を交わすなど、
すべては彼の甘さ故の過ちだと思う。
そうして、おそらくは彼自身、そう自覚しているのだろう。
だから、何も応えない。
「早くしないと、灰狼衆に言っちゃうから。」
「・・・壬晴、・・・」
紡ぎたい言葉はいくつもあるだろうに、
喉を詰まらせるようにして、名前を呼んで。
そうして、影の気配はすっと動いた。
きっと、また、自分が言ったとおり消えてしまうのだろう。
先ほどまでの言葉少ななやりとりも、全部。
幻かもしれない。
自分すら信じられない、そんな微かな―――
「・・・『不逆と生還を約束します』」
「・・・・・・!」
影の気配が止まった。
壬晴の、紡いだ言葉に。
「覚えてる?先生が、僕に言った言葉だよ」
「・・・何が言いたいんだ、壬晴」
忘れるわけがない。すべてに無関心でありたい自分ですら忘れられないのに、
彼が忘れるわけがないと知っていて、
壬晴はあえて口にした。
いや、正確には、口をついて出てしまった、というほうが正しい。
彼を試したかった?その表現は少し当たっている。
「どうして、俺と先生は、違う場所に立っているんだろうね?」
決まっている。
自分が、帷を裏切ったからだ。
『不逆と生還』その契約の1つは、とうの昔に破られてしまった。
自分は自分の思う道を行き、
帷もまた、彼の意志に従った。
その時点で、もはやこの契約は無効になってしまったのだと、
壬晴は改めて思う。
だから、今更、彼にこの契約を思い出させても、
それは大して意味がなかった。
そう、今更、なのだ。
「・・・何が、望みだ?」
「『円月輪』。俺はね、早くこんなこと、終わらせたいんだ。知ってるでしょ?」
周囲の気配が、変わった。
暗くとも暖かだった闇が、背筋が震えるようなおぞましいものに変わる。
傍に在る自然の全てを味方につける森羅万象―――。
壬晴の意思に反応して、襲い来る風に、帷は目を細めた。
手を伸ばす。
それほど、離れて言葉を交わしていたわけではない。
触れようと思えば触れられた。
抱き締めようと思えば、こうして簡単に腕の中に引き込むことすらできた。
「壬晴・・・―――」
「っ・・・」
大切なのは、六条壬晴、ただ1人だけ。
だというのに、伝わらなかった。仕方のないことだと思う。所詮、自分のエゴなのだから。
壬晴に忠誠を誓うような契約を交わしながら、
彼の意志になど耳も貸さず、
ただ自分の考えを押し付けてきた。嫌われて当然だ。
壬晴の言葉は、至って正しい。
『不逆』を誓った者ならば、当然、彼の意志のままに求める物を差し出さなければ。
「契約を破った俺を、殺すか?」
「さぁね。禁術書を大人しく渡してくれるなら、考えてもいいな」
俯いたまま、腕の中の少年は、呟く。
肩が、微かに震えていた。寒い?いや、きっとそんな理由ではない。
「壬晴?泣いているのか・・・?」
「冗談。俺がなんで?」
一瞬、声が震えたと思ったのは気のせいだろうか?
耐え切れず、唇をよせる。
こめかみから、耳殻へ。形を確かめるように、舌でなぞり、歯で甘噛みする。
街灯すら、遠い場所。
闇に紛れ、キスを続ければ、
幼い身体が、慣れない快楽に震える。
「・・・本当は、何もいらないんだ」
「壬晴?」
「萬天の禁術書も、森羅万象も、灰狼衆も。先生だって、本当は俺には必要ない」
「壬晴・・・」
「もう、誰も関わって欲しくない。一人にして欲しいんだ。だから、俺は―――・・・」
「壬晴!」
びくりと身体を強張らせた少年に、
帷は唇を噛んだ。
六条壬晴を、これほどまで他人が傷つくのを嫌がる可哀想な少年にしてしまったのは、
他でもない自分なのだ。
少年を見るたびに、己の罪を想う。
だがおそらく、それもまた、己が罪ゆえの罰なのだ。
「俺には、お前が必要だ」
「・・・っ」
「森羅万象なんて関係ない。俺は俺のために、お前を守る。それが、俺のすべてだ」
耳に吹き込まれる声音は、
いつだって優しく、そして力強くて、
不覚にも泣きたくなる。
誰に裏切られても、平気だと思っていた。
信じているふりをして、本気で信じないようにしていた。
他人を傷つけるのも、自分が傷つくのも、嫌だから。
だというのに、
敵対する立場にいるくせに、今ですらこの男のすべてを信じて縋ってしまいたくなるこの心を、
どうすればいいのだろう。
傍になんて、いたくないのに。
どうして今、彼に抱き締められて、泣きそうになるのだろう。
何故。
「雲平、先生・・・」
微かに上げた顎に手をかけられ、ぐい、と上を向かされる。
触れ合う唇は、残酷な、罪の味がした。
end.
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