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「パシオン」


前編


通信機の光が揺れている。
すっかり日も暮れた時間、暗い家に帰ってきたフラガは、
己の留守中に来ていたらしい伝言があることに、微かに眉根を寄せた。
明日は、久しぶりの非番の日。
受信ボタンを無造作に指で押して、カーテンを閉める。朝、自分が慌しく出て行ったままの散らかった部屋を片付けながら、
聞こえてくるのは親友だったり、同僚だったり、自分の明日の予定を知っている者たち。
今夜の飲みに来ないかだとか、明日に遊びに行こうだとか、
軍人のくせにお気楽な皆。もちろん、自分もまた、そのような人間の一人ではあるのだが。
そんな誘いの伝言や、つまらないダイレクトメールなどを背で聞いていたフラガは、
ふとソファのクッションを直す手を止め、部屋に流れる音に意識を向ける。
曇りひとつない、澄んだ男の声。



『今夜、11時に待っている』



「・・・ちっ」

フラガは舌打ちをすると、手にしていたクッションを思わず通信機に投げていた。
見事に命中し、再生される音声はあっけなく途切れる。何度も聞かなくとも、名など名乗らなくても、
それが誰だかわかってしまう自分が、フラガは気に食わなかった。
今は、夜9時。
場所は、いわずもがなのあの場所だ。
もっと遅く帰ってくればよかった、とフラガはぼやく。そうすれば、こんな言葉、気にも留めないというのに。
わけもわからぬまま、急にやる気を失くした青年は、
今だ散らかる部屋をそのままに、
シャワールームへと直行した。帰ってきたばかりで、体がだるい。訓練で掻いた汗も、まだべたついている気がする。

「ん・・・」

無造作に衣服を放り投げて、フラガはシャワーのコックを捻った。キュ、と音がすると同時に、ヘッドから溢れてくる水流。
フラガはその冷たさに微かに顔を顰めたが、そのまま足元に流しっぱなしにしていると、
冷たかったそれは次第に湯へと変わっていく。
頭からそれを浴びれば、漸く肩の荷が下りたかのような気分になり、フラガは安堵のため息をついた。
シャワーヘッドを壁に掛け、己の身体を清めようと動く手は、いつになく丁寧だ。
それに気付くと同時に、耳の奥で聞こえる声。フラガは唇を噛んだが、それは一向に彼の頭を離れてくれそうにない。

―――今夜、11時に・・・―――

「・・・ったく」

全く、本当に困った奴だ、と思う。
何の前触れもないまま、こうしてこちらの都合も考えずに呼び出しをかけてくるくせに、
そんな素っ気ない言葉一つだけ。いや、本当は素っ気ないのではなく、元々無駄なことが嫌いな彼らしい、単刀直入な誘いの言葉ではあるのだが、
それにしてももう少し、何か言い方はないものか。
しかも、これはただ、仲間と誘い合って開く飲み会の誘いでもなければ、遊びの誘いでもない。
純粋にあの男が己自身を所望しているという、考えれば考えるほどに馬鹿げたものなのだ。
せめて、こちらをその気にさせるような言葉を囁いてもいいのではないか。
だがもちろん、そんなことをあの男に訴えるつもりは、フラガにはさらさらない。
別に、愛の言葉を囁いて欲しいなんて思っていないからだ。
これが、もし相手が女性だったなら、
積極的な、自分にとってもそれなりに魅力的な女性だっただろう。そんな相手を無碍に扱うつもりは、フラガにはない。
だが実際は、どこからどう見ても男で、
いや、もちろん外見は一瞬目を奪われてしまうほどに美しく、確かに魅力的ではあるのだが、
当然ながら男になど恋愛対象にないフラガが関係を持つような相手ではない。
だから、フラガは何度も、自問自答する。
どうして、こんなことになってしまったのだろう、と。
どこで間違ってしまったのか、と、意味のない問いかけを、
フラガは彼を思い出すたびに考えていた。今更、なにを考えても無駄なのだけれど。
その証拠に。

「んっ・・・ぁ、・・・」

泡に塗れた己の身体を這う手が、下肢に差し掛かる。無意識に腕の部分が己の中心に座するそれに触れてしまい、フラガは思わず吐息を洩らしてしまっていた。
そして同時に、フラガの眉間に皺が寄る。唇を噛んで羞恥に耐える彼は、
自分の想像していた以上に反応を示していたらしい己の身体に、一気に水流を浴びせる。
別に、あの男の誘いに乗ろうと思ったわけでも、そんな場面のことを考えたわけでもないのに、
既に熱を持ち始めている自分の体が恨めしい。
戒めるように砲身の根元を握り締めて、フラガは鏡に映る自身の顔を睨みつけた。
曇るそれを指先で拭えば、かすかに開いた唇を赤く染め、上気したように頬に紅を散らす濡れた表情。
熱っぽいその瞳を自分で認めて、嫌そうに顔を歪めた彼は、
ガン、と思わず鏡の中の自分を叩いてしまう。
認めたくなどなかった。
自分が、男に愛されて、それに悦びの声を上げている、などと。
だというのに、フラガの理性に反して暴走するこの身体は、無意識のうちに彼を欲して熱を帯びてしまう。
いよいよ収まらなくなった熱は、彼の手の中で堅さを増し、快感を求めてしまっている。

「ち、くしょ・・・。なんでっ、俺が・・・」

どうにかして己の身体の熱を収めたいと思うのに、制御の利かないこの身体が憎らしいほど。
誰も、彼の誘いになど乗るつもりなどない。そんなつもりで、シャワー室に入ったわけではないのだ。
だというのに、あの男に慣らされた体は、彼とその瞬間を待ち望んで震えてしまう。

「っ・・・ん、うっ・・・」

まったく、本当に、
どこで間違ってしまったのだろう。
これでは、まるで女のようではないか。己の恋心に戸惑い、それでいて男の誘いに悦ぶ自分を止められない。
きっと自分もまた、散々抵抗しながらも、最後には彼の行為に流されてしまうのだろう。
だがもちろん、まだフラガは、そんな己を認めていない。
シャワールームの壁に身を預け、熱を帯びたそれを手で慰めながら、
彼の理性はなおも否定するように首を振る。
けれど、己に湧く熱に支配された彼の脳裏を横切るのは、あの男のことばかりで、
更に彼の身体を熱くするだけ。

「・・・っ・・・、・・・あ、はあっ・・・」

唇を噛んで声を抑えようとしながらも、時折洩れてしまうそれが、狭い室内に響く。
耳に飛び込む己の声にすら煽られ、フラガは諦めたように己の砲身を扱き上げた。
背筋をぞくりと這い上がる快楽に身を委ねれば、手の中のそれが堅く張り詰め、あっけなく頂点に達してしまう。
室内の角に蹲るようにして脱力した体を預け、
手に放った白濁を漠然と見やれば、不意にこみ上げてくる笑い声。


「っ・はは、はははっ・・・」

―――何をやっているんだ、俺は。

いまだザァザァと湯水の流れるシャワー室で、フラガは放心したように動けないままだった。















「―――遅いな」

顔を上げた先に漸く望む男の姿を認めて、クルーゼは10本目になる煙草を足元に落とした。
より掛かっていた車の傍に溜まる吸い殻を靴底で踏みつけて、瞳を隠すサングラスの下から少しだけ恨みがましい視線を投げ付けてやれば、
しかし当の本人は全く気にしていないような顔で、むしろ面倒臭そうに顔を歪めている。
相手の都合も聞かず、身勝手に呼び出したのは自分の方なのだから仕方ない、とも思うのだが、
それでもフラガのそんな態度が気に入らないクルーゼは、
のろのろと歩くその男の手を引き、エンジンをかけっ放しの車の助手席に放り投げた。

「・・・っと!何すんの」
「お前こそなんだ。これほど遅刻しておいて余裕な奴だ」
「・・・悪かったな」

先ほどまで仕事だったんだ、文句あるか、と不満そうに告げられる言葉を聞き流し、
さっさと車に閉じ込め、夜の街を発進してしまえば、
逃げ出そうとしていたフラガも流石に大人しくなり、その代わり、といったように無言で唇を尖らせる。
つけっ放しにしていたたしいカーラジオからは流行りの甘い恋歌が流れていて、
それがますますフラガの機嫌を損ねていた。

「・・・で、どこに行くんだよ」
「ホテル」
「・・・・・・」

自分の隣で、澄ました顔でハンドルを握る男の、恐ろしく即物的な発言に、
フラガは怒りと呆れの入り混じったような複雑な気持ちになり、彼から顔を背けるように窓のほうを向いてしまう。
微かに頬が熱い。デリカシーのないこの男に反発しているくせに、
こうして先のことを想像し、あまつさえ顔を赤らめてしまう自分に、フラガはため息をつく。
先ほど吐き出した己の下肢が、また暴走を始めてしまう気がした。それが嫌で、極力考えまい、と外を眺める。
窓に肘をつき、頬を冷やすように手を当てながら、
フラガは夜の世界に光るネオンサインをただただ見上げていた。
そんな彼に、フッと笑ったのはクルーゼのほう。

「安心しろ。今日はお前が好きそうな場所を選んでやった」
「・・・は?なんだそりゃ・・・」

何が安心しろ、なんだかよくわからない。
けれど、だからといって抵抗も反論もしない。強引極まりないクルーゼには、もう慣れた。いや、抵抗しても無駄だということを、身に染みてわかっているからか、なんなのか。
着いたぞ、とこれまた素っ気ない声がして、漸く気付いたように顔をあげると、
既に止まっていたらしい車から降りていたクルーゼが、無造作にドアを開け、フラガの手を強く引く。まったく、相手の状態を何も考えていないらしい男。ただ、身勝手で、他人を振り回して。

「―――オイ」
「・・・・・・―――っ」

薄暗い駐車場とはいえ、誰が見ているかもわからない場所。
そんなところで唐突に腕を引かれて、フラガはよろめいた自分を受け止める男の顔を睨んでやった。
夜でも外すことのないサングラスに、薄い色素の金の髪。口元だけが、楽しそうに歪んでいる。

「・・・やめろ、このバカ・・・っ」
「―――イイ香りだな」

からかうようにそう言われ、フラガの顔がみるみるうちに赤く染まってゆく。
ここに来る前、すなわちクルーゼに会う前に、前もってシャワーを浴びたことを指摘するその発言は、
フラガに先ほどの己の行為を思い出させ、彼は憂鬱な気分になる。
もし、彼の前で、身体も態度もなにも興味はない、といった風な演技ができたなら、
きっとクルーゼは自分から離れていたと思う。
こうして、口では反発を見せていながらも、彼の声や言葉に煽られ、身体は嘘をつかない、とでも言うかのように反応を示してしまうから、駄目なのだ。
また今夜も、そんな矛盾した己の反応に気をよくしたらしいクルーゼは、
掠めるように唇を重ねて、そうしてサングラスの下からフラガと視線を絡ませる。
慌てて視線を逸らそうにも、もはや手遅れだった。
腰に回された腕に、力が篭る。

「ちょ―――。やめっ・・・」
「・・・ああ。お楽しみは後、だしな」
「っ・・・」

軽く胸を押され、漸く身体を離されたフラガは、ふぅ、と安堵のため息をついた。
部屋ならともかく、こんな場所でされたら、
彼のなけなしのプライドがずたずたになってしまう。
ただでさえ彼にはほとんどの己をむき出しにされているというのに、これ以上はさすがに御免だ。
触れられた唇を拭って、フラガは大人しくクルーゼについていった。
ふと、かすかな煙草の匂い。
普段殆ど吸うことがないのは、自分もクルーゼも同じはずだというのに、
珍しいこともあるものだという心の言葉を敢えて言わず、

「・・・あんた、煙草臭い」
「それは失礼」

そもそも、10本になるまで待たせるお前が悪い、と責められて、
フラガは何も返せずに黙り込む。
そう、抵抗するだけ無駄なのだった。
自分は彼を糾弾することもできなければ、彼に何かを求めることもできない。
それほど、彼の前でだけは素直になれない自分を、
フラガはよくわかっている。
好きも、嫌いも、愛しているも、憎んでいるも、すべての対象に当てはまる男のことを、
自分はどう形容すればいいだろう。
引かれる手が、ひどく恥ずかしくて、それでいて離すこともできなくて。
フラガはただ俯いて、彼の背を追った。

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